川の氾濫を防ぐため奔走したある外国人

色々な事があり、色々な思いが交差する東京です。
今では、とても美しい街の東京ですが、100年以上前までは、ほとんどが田畑や山だったのです。

多くの場所が、農家を営むという人が多く住んでいて、田んぼや畑をやって細々と暮らしていた人が多かったのです。

のどかな田園風景が広がり、畑では大根や芋などが採れたのです。
白鷺や鴨、スズメも多く飛んでいましたし、梅雨にはカエルの大合唱があちこちから聞こえたのです。

クワを持った農民ばかりで、牛を使って田畑を耕す風景も見れました。

でも、明治から大正にかけて、どんどんとその風景も無くなっていきました。
レンガやコンクリートの道路が出来、洋風な建物が増えて行ったのです。

又、渋谷が坂が多いのは、山の斜面を削って出来ている為です。
とにかく、急な坂が多いのです。

山を多く削り、その土を他の場所へ持って行って埋め立てたのです。

川の氾濫も良くありました。
それを改善したのは、ある外国人でした。

その外国人が、東京の川の流れを調べ、いかにして川の氾濫を軽減出来るかという提案をしたのです。
大きな川の流れを変えてしまうのです。

大工事が行われ、多くの人と馬を使用して工事をしました。
川の横にもう一つの川の流れを掘り、そちらへ途中から川の流れを変えたのです。

それ以降、東京では、川の氾濫がほとんど無くなったのです。